しょうじきしんどい

海老で鯛を釣ろうと思う。いや、海老はもったいないからミミズでいいや。

僕は母にはなれない

コンプレックス

 

 

先日久しぶりに実家に帰った時に、母と互いの人生設計について話した。

 

定年を迎えた父は普段は家にいるのだが、どうやらその日は友人と中国に旅行に行っていたようで不在だった。

 

その日はくだらないバラエティ番組を流しながら、「お金」、「結婚」、「仕事」等広く浅く様々なトピックについて話し込んだ。

 

僕と母が真剣に話しこむと、必ずと言っていいほど最終的には「お金」のトピックに落ち着く。

 

おそらくその理由は、僕も母もそれらに対してコンプレックスを抱いているからだと思う。

 

自己犠牲の女王

 

 

母が大学を卒業して会社勤めをしていた頃、勤め先の上司の紹介で父と出会い結婚した。

 

埼玉の田舎の狭いアパートに2人で暮らしながら、2人の子どもを育てた。

 

姉が生まれてから3年後に僕が生まれ、そのタイミングで念願のマイホームを買った。

 

その後は共働きで生計を立て、姉は高校から、僕は中学から私立の学校に入れてくれた。

 

僕と姉は3年違いなので入学初年度の費用はめちゃくちゃ家計がキツかったようだが、そんな素振りは一切見せなかった。

 

僕には家計の収支は検討もつかなかったが、弁当箱のおかずの品数が徐々に減っていくのを見てなんとなく家にお金がないことを察していた。

 

母曰く、当時の父の稼ぎはそんなに良くないし、何年間も愛を深め合った仲でもないし、自身もやりたい仕事をしていたわけでもなかったらしい。

 

当時の結婚観は現代とは全く別物なので、ある意味それが正解だったのかもしれないが、母の口調から察するに100点満点の結婚でなかったことはわかる。(父よ。申し訳ない。)

 

100点満点の結婚でなかったとしても母には「結婚をして家庭を築きたい」という夢があったからそこまで踏み切れたのだと思う。

 

僕の母は勉強はできないがリアリストな性格で自己犠牲の側面が強い。

 

どんな時も「自分が幸せになるより子どもが幸せになった方が幸せ」と言って、子どものことを考えてくれていた。

 

母親としてはこれ以上に最高な母親はいないと思う。

 

残念ながら今の僕にはそこまでの自己犠牲精神は無い。

 

結婚も、お金も、夢も、プライドも、全部妥協したくないし、何も失いたくない強欲な人間だ。

 

きっと、僕は母にはなれない。

 

僕は母と話すたびにそう思い知らされるのだ。

 

終活3原則

 

 

耳障りなバラエティ番組が終わり、ニュース番組が流れ始めた頃、僕と母の話題はお金の話になった。

 

1人暮らしを始めてからどうやって節約しているのかとか、ボーナスはいくら出たのかとか、Paypayの使い方とか。

 

最初はそんなライトな話題だったのだが、家族のお金の話になると母親の表情が少し引き締まった。

 

どうやら父と母で終活の話をしたらしく、今後身体に何か問題が起きたらどうするのか、介護問題はどうするのか話し合ったらしい。

 

父と母が決めたコンセプトは「こちらはこちらで勝手に死ぬから、子どもたちは勝手に生きろ」ということだ。

 

内容はざっくりと下記の通りだ。

 

①病気や痴呆になったら、病院でも老人ホームでもなんでも喜んで入る。

 

②子どもは介護する必要も無いし、葬儀は簡易的で遺骨は海にでも流せ。

 

③その代わり借金も遺産も残さないからあとは勝手に生きろ。

 

何よりも子どもに迷惑をかけることだけは避けたいのだと語気を強くして言っていた。

 

「そんなのかわいそう!」

「そんな関係なんて親子じゃない!」

 

マトモな教育を受けていれば、このように考えるのが普通だろう。僕もそのうちの1人だ。

 

でも、母の自己犠牲精神はここ何年かでできたものではない。

 

僕が生まれた時から、あるいはそのもっと前からそのような考えを持ち合わせていたのかもしれない。

 

母の言葉を聞いた時に、僕の心はぎゅっと締め付けられて今までのこととこれからのことを考えてしまい、その晩以降よく眠れない日が続いた。

 

僕が両親にできることは何か。

 

一般的に親孝行とは、孫の顔を見せることや旅行に連れて行ってあげることとされているが、僕の母の場合は何を望んでいるのだろうか。

 

僕は今、母という人間が少しわからなくなっている。

 

やはり、僕は母にはなれないと思う。