しょうじきしんどい

海老で鯛を釣ろうと思う。いや、海老はもったいないからミミズでいいや。

△の話

最近、彼女ができた。

 

正式に付き合い始めたのは1,2週間くらい前でまだまだ付き合いたてである。

 

彼女は僕の親友の友達で、1ヶ月くらい前に食事をしてから、仲が良くなって付き合うことになった。

 

彼女は週に1,2回くらい僕の家に来てくれて、一緒に料理を作ったり、映画を見たりする。

 

今回は、熱海旅行の計画も立てていて、順風満帆なカップル生活の始まりを楽しんでいたように見えた僕の身に大事件が起きた話をしようと思う。

 

とある日、彼女が帰ったあとに、僕は自室を掃除していた。

 

すると、ベッドの下からなにやら△の形をしたふわふわしたものが物が出てきた。

 

素材感を例えるならコットンみたいなようなもので、何のためのものなのかピンとこなかった。

 

その匂いを嗅いでみたところ、少し良い香りがして、僕のものではないことはすぐにわかった。

 

しかし、なぜこんな△がベッドの下に落ちていたのか、そしてこの△は一体なんなのか僕は思考を巡らせた。

 

昨晩、ベッドの上で何があったのかはここでは言わないが、僕の頭にはある1つの仮説が浮かび上がってきた。

 

「これってブラパッドじゃない?」

 

確かに枕を交わす時、僕はいつもブラジャーをベッドの横に放り投げている。

 

その時に偶然にもパッドが床に落ちてしまった可能性がある。

 

仮にこれがブラパッドだとしたら、大事件だ。

 

彼女がこの事実に気づかず、再びそのブラを着けた時に彼女の胸の大きさは左右非対称になってしまう。

 

もしかしたら、ブラジャーの中にこの△がないばかりに彼女は自身の身体に重大な変化が起きてしまっているのではないかと心配になってしまうかもしれない。

 

いやいや、待て待て。

 

まだこの△がブラパッドだという確証はどこにもない。

 

僕も含めた世の男性はブラパッドなど見る機会などないだろう。

 

断定するのは時期尚早だ。

 

とりあえず、僕はこの△を大切にPS4の上に保管して、次に彼女に会ったタイミングで聞いてみようと思った。

 

数日後、彼女は再び僕の家にやってきて、僕はその△のことを話した。

 

その時、彼女は恥ずかしそうにかばんにしまっていた様子を見て、そこで初めて△がブラパッドであることを確信した。

 

さぞかし△も寂しい思いをしただろう。

 

ようやく△も持ち主の元に帰ることができて嬉しいだろう。

 

僕の目からは△の形をした涙がちょちょぎれていたのを今でも覚えている。

 

その日の晩、僕は仕事が終わってから大学の先輩の飲みに付き合っていた。

 

僕のケータイが鳴ったのは23時過ぎだ。彼女からの連絡だ。

 

「あの△私のじゃないんだけど」

 

僕の眼球は勢い良く飛び出た。

 

勢い良く飛び出た僕の眼球は、鳥貴族池袋西口店の床面をころころと転がり、最終的に隣のお客さんのテーブルの上にある山芋の鉄板焼きの上に着地して、ジュワ~っと音を立てて蒸発した。

 

その後、彼女から「とりあえず新宿に来い」と言われ、僕は「へい…」としか言えなかった。

 

山手線の車中、僕はとにかく△のことで頭がいっぱいだった。

 

なぜこんなことになってしまったのか。

 

いったいあの△はどこからやってきたのか。

 

思考を巡らせつつも、僕の中では9割9分9厘答えは出ていた。

 

きっと少し前に女遊びをしていた頃の誰かの忘れ物だ。

 

念のため言っておくが、彼女と出会ってからは女遊びは一切していない。

 

あれは独り身の身分にしか許されない高貴な遊びだ。

 

何れにせよ彼女の心を傷つけてしまったことには変わりない。

 

自分が彼女の立場だったら相手のことを許せないし、一発ぶん殴りたいと思うに決まってるからだ。

 

だって、他人のブラパッドを渡されるなんて行為は、最たる悪ではないか。

 

僕は見栄を張ったり、ウソをつくのはやめて等身大の自分で誠心誠意謝罪をしようと心に決めていた。

 

新宿のZARAの近くで彼女と合流すると、彼女は割と酔っ払っていて、いつになくテンションが高かった。

 

どうやらさっきまで親戚の叔母さんと飲んでいたらしい。

 

この状況は不幸中の幸いといえばよいだろうか。

 

仮に彼女がシラフの真顔で待っていたとしたら、やっぱり道を引き返すという選択肢を取りかねなかっただろう。

 

でも、なぜか彼女の口角は上がっていて、いつもどおり話せそうな空気だった。

 

僕は開口一番、「ごめんなさい」と言った。

 

過去に女遊びをしていたことを謝って、それでも彼女のことを大事にしたいと思っていることを半泣きになりながら伝えた。

 

その時、彼女は僕のことを許してくれているかどうかわからなかった。

 

彼女は僕の手を引いて居酒屋のドアを空けた。

 

今日はその店で僕の罪の数を数えて夜を明かすのだろうと思っていた。

 

しかしながら、座席にはなんと彼女の親戚の叔母さんがいた。

 

まさかの謝罪会見の始まりだと思った。

 

しかし、叔母さんはとても明るい方で、僕のことを詰める雰囲気は全くなかった。

 

むしろだいぶフランクな感じで接してきてくれた。

 

それでも僕は事の顛末を説明しなければいけないと思った。

 

「本件につきましては、私の配慮が行き届いておらず…」

 

僕は自分で話しながら、頭の隅ではテレビでよく見る政治家の謝罪会見の姿を思い出していた。

 

謝罪会見の時の声が低いトーンになってしまう理由がわかった気がした。

 

そういや、船場吉兆のあの人って今何してるんだろう。 

 

叔母さんは僕の話を全て聞き終わる前に口を開いた。

 

「私の周りの男の子には若いうちは遊べって言ってるし、男としてはその方がいいと思っている。」

 

「ウチの身内だから肩を持ってるわけじゃないし、矛盾してるのはわかってるけど、それでもウチの子を大切にできないなら、別れてください。」

 

だいぶ酔っ払っていたようだが、その表情はどこか清々しく、でも真剣な目をしていた。

 

僕はその目と彼女の目を見て、目の前の大事な人をもっと大事にしようと思った。

 

彼女からは、「私が選んだ人なんだからしっかりしてよ!」

 

と、お叱りとも励ましとも捉えられる言葉をかけてくれた。

 

そこからは、詰め寄ることはなく、2時過ぎまで楽しい話をして終えた。

 

その中で彼女の過去の男関係の話も聞くことができて、お互い隠すものは何もなくなった。

 

酒が進む飲み会というものは、誰かの悪口を言う時か、笑い話をしている時だと相場が決まっている。

 

おそらく今回は後者だろう。(多分)

 

なんやかんやで半分以上は笑い話をしていたと思う。

 

いい家族だなあと思った。

 

気づいたら閉店の時間になっていて、僕はだいぶ酔っ払ってしまった。

 

すっかり叔母さんにご馳走になってしまった。

 

僕は叔母さんを送り届けた後、彼女とタクシーに乗り2人で僕の自宅に帰った。

 

帰ってからの記憶はあまりないが、朝起きた時に目の前に彼女がいて、なんだか前より愛おしく見えた気がした。

 

僕はその日の仕事の帰り、歯ブラシ立てを買った。

  

これには、ごめんねの意味とこれからもよろしくねの意味が込められている。

 

決して直接は言わないが。

 

何はともあれそろそろエンディングの時間だ。

 

結局、△のおかげで少し彼女との距離が縮まった。

 

次からはブラジャーを外す時はそっと優しく、綺麗に折りたたんでベッドの横に置こうと思う。

 

ありがとう△

これからもよろしくな△